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たまには武勇の面も注目されて欲しい英雄
>冉閔の父は漢民族出身だったが、後趙でその武勇を買われ石虎の養子となった(羯族石氏は優れた能力を持つ者を同族に迎える風習があったようなのだ)。当初の冉閔の名は石閔であったが、父と同様武勇に優れ、石虎に愛された。
>冉閔の必殺技として史書に記されているのが、馬に騎乗したまま右手に矛、左手に戟を持ち、風のように駆け抜けながら敵を斬り倒していくというもの。片手で敵を屠る膂力、下半身だけで騎乗し続ける脚力・平衡感覚・操馬スキル、全てが人間離れしている。漢族でありながら胡族顔負けの武勇を示した冉閔、石虎が可愛がるのも当然である。石虎が前燕討伐に失敗した際に冉閔は軍を保ち、その評価をさらに高めた。
>石虎死亡後の後継者争いで、後趙皇族は冉閔を憚り、その排斥を試みたが、冉閔はその全ての試みを返り討ちにし、最終的に皇帝となった。国号は魏、父が魏郡出身であったこと・本拠地が鄴であったことが理由として考えられる。
| … | 126/09/30(水)02:11:28No.1473381337+名前が読めない |
| … | 226/09/30(水)02:11:59No.1473381399+>名前が読めない |
| … | 326/09/30(水)02:12:43No.1473381471+三国志演義の呂布や項羽みたいな逸話も多い男 |
| … | 426/09/30(水)02:19:44No.1473382139+五胡十六国時代のヤバい暴君の一人ってイメージしかない |
| … | 526/09/30(水)02:41:38No.1473384124+>五胡十六国時代のヤバい暴君の一人ってイメージしかない |
| … | 626/09/30(水)02:43:13No.1473384251+>冉閔は朱龍という1日に千里走るといわれる駿馬に跨り、左手では双刃矛を、右手では鉤戟を操りながら、前燕軍を攻め立てて自ら300人余りを討ち取った。さらに、大将旗を望み見て敵本陣が近い事を知り、勢いのまま突撃を仕掛けた。ここで慕容恪は両翼の部隊を動かして挟撃を仕掛けさせ、冉魏軍を大いに破って7千人余りを討ち取った。冉閔は幾重にも包囲を受け、突破して東へ20里に渡り逃走を図ったが、朱龍が突如倒れてしまった事で前燕軍に捕らえられた。 |