二次元裏@ふたば
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画像ファイル名:1747070848020.jpg-(529048 B)
529048 B25/05/13(火)02:27:28No.1312090988そうだねx9 08:40頃消えます
あと30分くらいで着くよ。

初音から送られてきたメッセージを確認して、祥子は手を止めた。明日までに事務所へ送る予定の企画書は概ね完成している。少しだけ気を緩めて同居人を待つ。玄関のそばに軽やかな足音が聞こえた気がして、迎えに行く。

「おかえりなさい、初音」
「ただいま、さきちゃん」
125/05/13(火)02:28:22No.1312091060+
初音の香りに安堵を覚える。空気が柔らかく感じるのはそれだけでなく、この体を縛る責任と緊張が弛緩したせいだろう。祥子にとっても心を許した相手との暮らしは久々だった。それぞれの場所で夕食を済ませたので、祥子はすでに入浴も終え部屋着だ。

「お風呂に行ってらっしゃいな」
「うん、さきちゃん、遅くなっちゃたから先に寝てて」
「起きてますわ、だって……日課がありますでしょう?」
「うん!ありがとう」

そう言うと初音は、嬉しそうな顔でぱたぱたと駆けていった。バスルームへ行くのを見届けて、祥子は仕事に戻る。並行して新曲の作成も行う祥子は、迷っていた。初音の描き出す詩の世界に、音が追いつかない。なにかが足りない。メロディ? ハーモニー? どこか負けている、と祥子は感じる。詩の強度に追い立てられている。どうしてかしら。膝を抱えると、先の初音の笑顔が浮かぶ。祥子を信じ切った幸せそうなあの笑顔。それは祥子の思考をやんわりと止めた。降りてこない、いまはそういうことにした。
225/05/13(火)02:29:08No.1312091124+
初音の戻るころにあわせて日課の支度をする。寝る前に、初音が祥子の髪を櫛で梳かすのだ。ソファに掛けた初音の脚のあいだ、フロアにクッションを置いて、小柄な祥子がおさまる。初音は慣れた手つきで祥子の髪を磨き上げた。永遠にも感じられるような静寂が部屋に生まれ、豊かな時間が過ぎる。

「ねえ初音、今日は私にもやらせてくださいませんこと?」
「え、わ、私の髪を?」
「ええ、駄目かしら」
「えっと……じゃあ場所変わろっか」

祥子は初音に優しくしたい気分だった。ただ気まぐれに。少し身を硬くした初音の髪を梳かしながら祥子は胸の中で疑問を繰り返す。詩に絡め取られる脚本、そして楽曲。それは束縛ではなく、もっと強く、しなやかななにか。それはまさに初音と祥子の関係のような複雑性をもって形になるもの。

ねえ初音、あなたはどうして詞を書けますの。どうして見事に歌い上げますの、どうして楽器を奏でられますの。どうして、どうして。それが全て、星になるためだというなら、人はそこまでできるものなの? 繰り返す櫛の流れとともに、祥子の思考は深い海にあるがごとく漂っていた。初音、どうして?
325/05/13(火)02:30:38No.1312091270+
初音は有り余るほどの美点を持っているのに、神は彼女の生に苦難を与えた。否、それを与えたのは神ではないかもしれない。二重三重の苦しみには豊川の人間が絡んでいるではないか。あの日、私があなたと初華を正しく見ていたら、あなたはどうなっていたの。私たちはどうなっていたのかしら、初音。
初音が求め、祥子が与えた再会は、二人の人生をさらに狂わせた。
美しい髪が指のあいだを落ちていく。細い首、薄い肩にはどれだけの苦しみが突き刺さったことだろう。祥子には想像できない。自分のそれとは異質の、彼女だけの苦しみ。
425/05/13(火)02:31:16No.1312091334+
「初音は、」言い淀む。振り返る初音は続きを待つ。
「どうして私の髪を梳かすのが好きなのかしら」
「……」
返事はない。
「秘密にするつもり?」
「ううん、そうじゃないけど、言葉にするのが難しいな」
あんな素敵な詩を書くのに不器用ですのね、と祥子はつぶやいたが、初音は黙ったままだった。
「さきちゃんが嫌ならやめる」
「いいえ、続けてくださいまし」
「うん、ありがとう」
罪悪感なく触れることのできる限界がそれなのだと、初音は言えなかった。初音は祥子を信じている。それが全てだった。いつか失われるものとわかっていても、それがいまの幸せを手放す理由にはならない。だから許してほしい、何も言えない私を。
525/05/13(火)02:32:00No.1312091403+
日課を終えて、二人はそれぞれの時間を過ごす。

「さきちゃん、お仕事してたんでしょう? コーヒー、淹れようか」
「今日は早めに眠るつもりですの、カフェインは控えますわ」
「はあい」
「ねえ初音、まだ寝ないのなら隣に来てちょうだい」
「うん!」

初音の視線はキーボードを叩き続ける指に注がれている。戯曲の部分を終えて、演出の指示を書いているところだから画面を見ても面白くないだろう。隣にいるのに初音は祥子に一切触れたりしない。それは祥子が最近気づいたことだった。祥子はときどき初音に触れたいと思うが、初音は違うのだろうか。
いつか布団を並べる日が来るかもしれない、初音がそれを望んだらそうしよう。いつか体を重ねる日が来るかもしれない。初音がそれを望んだら。いつか別れる日が来るかもしれない、初音がそれを……なんでも初音まかせにしていることに自嘲しながら、祥子は画面に文字を打ち込み続けた。

「これって、『Imprisoned XII』の演出?」初音が尋ねた。
「ええ、今回のセットリストの要ですわ」
「どうしてこの曲にしたのか教えてほしいな」
「……え?」
625/05/13(火)02:32:53No.1312091475+
『Imprisoned XII』は、Ave Mujicaの楽曲としてテーマを共有する前に初音から届いた(性格にはにゃむの手により知らしめられた)ものだった。あの頃の祥子はこれを愛の歌だと思い、戸惑いを覚えた。

「どうして新曲じゃなくてこれにしたのかなって思っただけだから、気にしないで」

初音はそう言って少しだけ笑った。

その日は明確な答えを出せずに祥子はロフトに上がった。上が常夜灯になるのを待って電気を消すと、初音は小さく呟いた。

「おやすみ、さきちゃん。また明日」

階下からかすかに聞こえる初音の寝息。新曲の進みが良くないのは自分のせいだとわかっている。しかし初音の質問の意図がわからない。祥子は最初に届いた詩を保存したメモを開いた。そこにある詩は、はじめて読んだときとまるで違う印象で祥子の目に飛び込んできた。完璧な相手に対して、傷つけることでしか隣に並べない、手に入れられないと思い込んだ悲痛な言葉。これが愛の歌? これは、愛ではない。もっと大きな……。ときおり襲う睡魔と戦いながら祥子は考え続けた。バンドを守るために書かれた詩、その行為には今やいじらしささえ感じられた。初音、あなたはどうして。
725/05/13(火)02:33:23No.1312091532+
美しい初音、狂わされた子ども。幼子にはあまりに複雑な環境、感受性による助長、周囲の目、親から向けられる平等な愛ですら彼女を苦しめただろう。しかし今や初音は狂った自分と向き合っているのも確かだ。それが正しいか否か、祥子には決められない。しかし、祥子はひとつの解を得た。初音が祥子に向けている感情は愛だけではなく、信仰ではないか。だから触れないのではないか。初音はあのステージの上で、届かないことを既に認めていたのだ。あのときの祥子は意味を咀嚼できずに視線を反らした。
初音、あなたが「いなければよかった」と書いたのは初音自身のことですの? 「思い出なんて」と切り捨てたのは、前へ進むためでしたの?
己を救った神に触れられようか。偽りの生を抱えてそれでも、信じる祥子のために歌っていたとしたら。あまりに違う覚悟の差に、祥子の目から一粒の涙が落ちた。
825/05/13(火)02:34:35No.1312091632+
浅い眠りから目を覚ますと部屋にはコーヒーの香りに包まれていた。この香りはいまでも好ましくない。しかし、コーヒーを好む初音のことは離れるのが恐ろしいほどに、大切に思えた。

「おはよう、さきちゃん」
「おはようございます、初音」

テーブルを挟んで向き合うと、「いただきます」までにほんの少しの沈黙が生まれる。

「ねえ、初音、これからなにがあっても私が近くにいますからね」
「え、突然どうしたの……嬉しいけど……嬉しい……」

耳まで真っ赤にした初音の方をまっすぐ見たら目を逸らされた。これは初音だけでなく自分へ向けた言葉、決意であるが、少し伝えるのを早まったかもしれない。もっと適切なときがあったかもしれない。

でもね、初音。いつかそう遠くない未来、現実があなたを否定するそのときに、あなたを支え、救うのは、血でも財でもなくAve Mujicaの音楽でもなく、私の愛であるはずですわ。そしてはじめて、私は私を認められるのです。
あなたのように狂いながら、美しく在ることを、無力なひとりの人間であることを、私は認められるのです。
925/05/13(火)02:35:09No.1312091682+
〜糸冬〜
1025/05/13(火)02:52:36No.1312093069そうだねx1
なぜ深夜にこんな良文を…
1125/05/13(火)04:44:33No.1312097550そうだねx1
すげえよかった…
1225/05/13(火)05:08:04No.1312098286+
>バンドを守るために書かれた詩
(睦が死んでクライシック復活が無くなってもなお燈に祥子を取られると思って書いた詩なのでバンドに対する思いは)ないです
1325/05/13(火)05:08:23No.1312098300+
朝からいいものを見た
1425/05/13(火)05:15:46No.1312098554+
最高だった…
1525/05/13(火)05:23:39No.1312098835そうだねx1
>あなたのように狂いながら、美しく在ることを、無力なひとりの人間であることを、私は認められるのです。
ここめっちゃ好き
1625/05/13(火)05:57:32No.1312100094+
なぜこんなところにこんな綺麗な文を…
ありがとう…

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